北島、連続2冠で引退…第2の人生へ
2008.08.15 Friday | category:スポーツ

有終の2冠! 男子200メートル平泳ぎ決勝で、北島康介(25)=日本コカ・コーラ=が2分7秒64の五輪新記録で金メダルを獲得した。100平に続く「金メダル&世界新」のダブル快挙は逃したものの、日本競泳界初の2大会連続の2冠を達成。五輪史上に大きな足跡を残した日本のエースは、今大会限りで引退する考えを明らかにした。
日の丸が揺れる。歓声がとどろく。力強く、美しい北島のフォームはもはや極みに達していた。
先頭を1度も譲らないままゴール。2位に1秒24の大差をつけての圧勝だ。ブレントン・リカード(豪州)らの追撃を体半分のリードでかわし、右手の人さし指を誇らしげに立てた。
「サイコーに気持ちよく泳げた。来ている人の顔が見えるくらい楽しめましたよ」
やはり日本のエースは強かった。連続2冠の重圧のかかる200決勝でこの強さ。高速水着「レーザー・レーサー」の威力を存分に引き出した。優勝タイムは2分7秒64。電光掲示板には「OR」(五輪新記録)の2文字。以前なら「チョー気持ちいい!!」と叫ぶところだが、『世界の蛙王』は志の高さが違う。
「記録は期待していたから、ちょっとね。こんなもんかと。思ったより最後は伸びなかった」
五輪史に残る偉業を達成したというのに、不満の色すら浮かぶ。100に続き「金メダル&世界新」のダブル快挙を狙っていたからだ。自身の世界記録2分7秒51には0秒13及ばなかった。それでも、金メダルの輝きには一片の曇りもない。
表彰式後、メダルを胸に場内を1周。応援団を見つけると、花束を投げ込んだ。これが偶然にもキャッチした人を介して92年バルセロナ五輪女子200平金メダルの岩崎恭子さんの手元へ。北島が五輪にあこがれるきっかけをくれた人物だ。目の前では銅メダルのユーグ・デュボス(フランス)が恋人と熱烈なキス。北島の胸中に、祭りの後の寂しさがよぎる。
選手村に向かう送迎バスに乗り込む前だった。北島は自らの去就について、口を開いた。
「ここ(北京)に入る前から寂しい気持ちがありました。その(引退する)つもりでやってきている」
引退を口にした。3度の五輪出場で金メダル4個。もう望むものはない。平井伯昌コーチ(45)も教え子の心中を察した。「この先、周囲の期待に100%応えるのは難しい。次(12年ロンドン大会)は30歳」。そろそろ第2の人生に舵を切るときだ。
アテネ五輪後、親しい関係者には引退後のプランを語っている。
「スポーツ選手のマネジメントをしたい」
北島は競泳界唯一のプロスイマー。05年に日本コカ・コーラと所属契約を結び本格的に活動を始めた。周囲には大学に残ることを勧める声もあったが、「練習にも遠征にもお金がいる。それを企業や大学に迷惑をかけてやるのはイヤ」と意志は固かった。後に続く若いスイマーのパイオニアになりたい気持ちが強かった。これからは自身の経験を伝えることが、新たな使命となりそうだ。
2大会連続2冠の偉業を果たし、第2の人生へ一歩を踏み出す25歳。17日決勝の男子400メートルメドレーリレーでは第2泳者を務める。本気で泳ぐ最後のレースだ。(浅井武)
【北島トーク】LRのおかげとは言いません
テレビのインタビューを終えて、記者が待つ取材エリアへ。喜びより先に、肩の荷が下りた様子で、淡々と話した。
−−2冠を達成した
「ホッとしています。優勝できてよかった。もっと記録を狙っていたけど、記録よりも勝つことの方が大事だから」
−−自身の世界記録に少し届かなかった
「記録は自分も期待していたから、ちょっとね、こんなもんかと。思ったよりも最後は伸びなかった。でも、いいレースはできたと思う」
−−バテたのか
「最後ちょっとね。でも、疲れても(2分)7秒台は出たから。6秒台で泳げると思ったけど、欲を持って臨んだのがいけなかったかな」
−−場内の歓声は聞こえたか
「もちろん。サイコーに気持ちよく泳げた。ただ(レース順が)1発目というのがね。もう少し後だったらチャンスがあったかも。でも、来ている人の顔が見えるくらい楽しめましたよ」
−−2大会連続の2冠の実感は
「周りがそう言うだけで自分は2大会とか連覇じゃなく、北京で最高の自分を表現したかった。(金メダル)4個目とか言うけど、ひとつひとつレースに集中した」
−−勝因は
「100で金を獲れたのが大きかったと思う。アテネもそうだが、100を獲ると違う。100で勝てなかったら焦ったかも。自分で流れをいい方向にもっていけた」
−−落ち着いていた
「そりゃそう。見る方も落ち着いていたんじゃないですか。うまくタイミングが合って、(ピークを)五輪にもっていけた。こう言うのも何だけど、運があるのかなと思う」
−−ライバルと思える選手はいたか
「まったく。泳ぎを楽しもうと思った。記録にどこまでチャレンジできるかだった。(開始が)11時台(実際には10時3分)だったら可能性はあったかも。200は勝って当たり前と思っていた。プレッシャーがあったけど、その分、100を獲れた喜びは大きかった」
−−ファンへ
「五輪になれば、みんな応援してくれる。結果を残せてファンや近くのみんなに感謝している。この4年間、ボクを前に押し出してくれた。この五輪は成功したと思う」
−−まだ、メドレーリレーがある
「メドレーは少し厳しいかな。いまから他のメンバーにハッパをかけますよ。オレは疲れたから休むって。オマエらがんばれと言いたい」
その後、表彰式を挟んで公式会見。やや疲れた様子で、笑顔は見られなかった。
−−歴史を変えた
「平泳ぎの歴史の中で五輪2大会を獲れたのは正直うれしいこと。ボクもまさかこうなるとは思わなかった。北京で結果を残すことだけを考えていた。最高の舞台を楽しみたかった」
−−世界記録がこれだけ出ている要因は
「水着って言ってもらいたい雰囲気ですけど、ボクはレーザー・レーサーのおかげとは言いませんよ。自分の力と言いたい。水着の要因もあるとは思うけど、全員が全員速く泳いでいない。水着を生かせるかどうかは選手次第。ボクはタフにトレーニングして、ストイックにこの五輪に合わせてきた。ボクの思いが五輪に通じたと思う」
−−フェルプスが平泳ぎを泳いだら
「泳ぐんすか? それは参りますね。彼が平泳ぎじゃなくてよかった。テクニックもタフさも兼ね備えている。ああいう選手になりたいと思ってもなれない。平泳ぎで勝負したくないけど、やったら負けないでしょう。彼は平泳ぎには向いてないからね」
会見を終え、会場から送迎バスに向かう途中、サングラスを外し、歩きながら話した。
−−平井コーチが「寂しい」と言っていた
「ボクもここに入る前から寂しい気持ちがありました。そのつもり(引退)でやってきている。分かってやっている。結果を残して、自分もコーチもチームも喜んでもらえるのが、自分の役割だと思っていた」
−−金でも喜ばないのは珍しい
「智己(森田)にも言われました。金獲って喜ばないのは、オマエとフェルプスぐらいだって」
この記事は下記より引用しています。
北島、連続2冠で引退…第2の人生へ (2008年8月15日 9時53分 iza)